インポスター症候群とは?なぜ評価や期待を自分のものと感じられないのか

悩み・問題

昇進した。
資格に合格した。
周囲から評価された。

それなのに、なぜか素直に喜べない

「たまたま運が良かっただけではないか」
「本当は自分にそんな実力はない」
「いつか周囲の期待を裏切ってしまう気がする」

そんな感覚を抱いたことはないでしょうか。

もし心当たりがあるなら、それは「インポスター症候群」と呼ばれる状態かもしれません。

インポスター症候群とは、成果を出していたり周囲から評価されていたりするにもかかわらず、自分にはその価値がない、あるいは不釣り合いであると感じてしまう状態のことです。

これは実際に能力不足であるという話とはまた異なります。

むしろ一定の成果を出している人ほど、この感覚に苦しむことがあります。

では、なぜ人は評価を自分のものだと捉えられなくなってしまうのでしょうか。

今回は、この「インポスター症候群」の背景にある心理について考えてみたいと思います。

インポスター症候群とは何か

「自分はそこまでの人間ではない」と感じてしまう状態

インポスター症候群とは、一言で言えば、

「自分は周囲が思っているほどの人間ではない」

と感じてしまう状態です。

例えば、

仕事で成果を出した。
昇進した。
試験に合格した。

それによって、人から褒められた。

そうした出来事があったとしても、

「運が良かっただけ」
「たまたまうまくいっただけ」
「周囲が過大評価しているだけ」

と考えてしまうことがあります。

客観的に見れば成果は出ています。

周囲も評価しています。

しかし肝心の本人が、その評価に納得できないのです。

だから褒められても嬉しくない。

むしろ居心地の悪さを感じることさえあります。

インポスター症候群の特徴は、自信がないということだけではありません。

評価と自己認識が噛み合わないこと。

そこに大きな特徴があります。

なぜ多くの人が苦しむのか

インポスター症候群は、単純な謙遜とも少し違います

まったく実力がないと思っているわけではありません。

かといって、自信があるわけでもありません。

だから苦しくなります。

例えば、

「自分はまだ未熟だ」

と思っている人がいたとします。

しかし周囲は、

「優秀な人だ」
「頼れる人だ」
「すごい人だ」

と評価している。

すると本人の中では違和感が生まれます。

自分が見ている自分と、周囲が見ている自分が一致しないからです。

そして、そのズレが大きくなるほど、苦しさは大きくなっていきます。

なぜ「そこまでの人間ではない」と思ってしまうのか

自分の認識と周囲の認識が一致しないから

インポスター症候群を考えるうえで興味深いのは、

必ずしも自己否定だけが原因ではないということです。

例えば、

自分では自分のことを60点だと思っている。
ところが周囲は自分のことを90点だと評価している。

すると、何が起きるでしょうか。

多くの人は「そんなはずはない」と感じます。

あるいは「何かが間違っている」と感じます。

なぜなら、自分の認識と周囲の認識が一致していないからです。

自分から見た自分。
周囲から見た自分。

その二つの姿が大きく違っている。

すると人は、

「自分と周囲で、見えている自分が違う」

と戸惑うようになります。

インポスター症候群の苦しさは、この戸惑いから始まることも少なくありません。

評価そのものより「なぜ評価されるのか」が分からない

ここで一つ面白いことがあります。

インポスター症候群の人は、必ずしも評価されることが嫌なわけではありません

むしろ分からないのです。

なぜそんな評価になるのかが。

例えば、

仕事で成果を褒められる。
能力を認められる。
期待される。

普通なら嬉しい出来事かもしれません。

しかし本人は、

「その評価の根拠が分からない」

と感じています。

だから評価を受け取れません。

受け取れないどころか、

「何か勘違いされているのではないか」

という感覚さえ生まれます。

そして、その違和感は少しずつ別の不安へと変わっていきます。

「本当の自分とのギャップがどんどん大きくなっていくのではないか」

という不安です。

なぜ評価されることが苦しくなるのか

他人の中に「別の自分」が生まれてしまうから

インポスター症候群の苦しさは、単に自信がないことだけでは説明できません。

むしろ苦しいのは、「周囲が見ている知らない自分」が存在することです。

例えば、

仕事ができる人。
頼れる人。
優秀な人。

周囲の中には、そんな自分が存在しています。

しかし本人は、その人物のことをあまり知りません

自分が知っているのは、

失敗する自分
迷う自分。
分からないことだらけの自分です。

だから周囲から高く評価されるほど、不思議な感覚になります。

それは褒められているというより、

自分ではない誰かについて語られているような感覚です。

そして、その感覚が強くなるほど、

「私は本当にその人なのだろうか」

という疑問も大きくなっていきます。

その自分が一人歩きしてしまうから

苦しいのは、その知らない自分がひとり歩きをしていくことです。

もっと言うと、身に覚えのない評価が当然の期待へと変わっていくことです。

優秀な人だと思われれば、
優秀であることを期待されます。

頼れる人だと思われれば、
頼られるようになります。

すると少しずつ、

周囲が見ている「自分」が、現実の役割として存在し始めます

本当は不安がある。
本当は迷うこともある。
本当はそこまで自信があるわけではない。

それでも周囲は、

「できる人」

として接してくる。

すると今度は、その人物像を壊してしまうことが怖くなります。

それは、自分が知らない人物像、ただ、なぜか自分と似ている人物像です。

インポスター症候群の人が感じている不安は、能力不足への不安だけではありません。

周囲の中で育ってしまった「自分像」が、自分のせいで壊れてしまう不安でもあるのです。

本当に怖いのは何なのだろう

実力不足より「期待を裏切ること」への怖さ

一般的に、インポスター症候群の説明では、

「実力不足がバレることへの恐怖」

が語られることがあります。

もちろん、それも一つの側面でしょう。

しかし実際には、実力そのものよりも、

「期待を裏切ることへの恐怖」

の方が大きい場合があります。

例えば、

昇進した。
責任ある立場を任された。
周囲から信頼された。

そんなときに生まれる不安は、

「私は無能だ」

という自己否定ではありません。

むしろ、

「周囲は私の何を見ているのだろう」

という単純な疑問戸惑いに近いことがあります。

そしてそれは、

「もしその期待に応えられなかったら」

という不安へと次第に変わっていくもあります。

「本当の自分を知ったら失望される」という怖さ

私たちは誰しも、自分の弱さを知っています。

失敗したこと。
後悔したこと。
うまくできなかったこと。

そうした部分を知っているからこそ、

周囲から自己評価よりも高い評価をされると強い違和感を覚えることがあります。

そしてその違和感が大きくなると、

「本当の自分を知ったら失望されるのではないか」

と感じることがあります。

ただ、ここで少し立ち止まって考えてみたいことがあります。

それは、

本当に周囲は勘違いしているのだろうか

ということです。

では、周囲の評価は間違っているのだろうか

自分では見えていない自分が存在することもある

私たちは、

「自分のことは自分が一番よく分かっている」

と思いがちです。

しかし実際には、そうとも限りません。

例えば、

自分にとって当たり前にできることがあります。
努力している感覚すらないこともあります。

そういったものは、本人からすれば「こんなのなんでもない」と思うようなことです。

しかし、周囲から見れば、それは特別なことだったりもします。

本人が見ている自分と周囲が見ている自分は、見えている角度が違うのです。

だから、

自分の認識だけが正しいとも言い切れません。

かといって、

周囲の評価だけが正しいわけでもありません。

大切なのは、

どちらか一方だけが真実であると決めつけないことです。

私たちは自分自身を意外と正確には見られない

考えてみれば不思議な話です。

私たちは毎日、自分として生きています。

それなのに、自分のことを完全には分かっていません。

他人から見える自分と、自分から見える自分。

そこには必ず差があります。

インポスター症候群の苦しさは、この差が大きくなったときに生まれるものなのかもしれません。

インポスター症候群とどう付き合えばいいのだろう

周囲が見ている自分を否定しきらなくてもいい

インポスター症候群になると、

周囲からの評価をすべて否定したくなることがあります。

「そんなことはない」
「買いかぶりすぎだ」
「勘違いしているだけだ」

そう思いたくなることもあるでしょう。

ただ、その評価を無理に受け入れる必要はないとしても、

完全に否定してしまう必要もありません

自分には見えていない何かを、周囲が見ている可能性もあるからです。

自分の中の自分だけが真実とは限らない

私たちはつい「本当の自分はこうだ」と決めたくなります。

しかし実際には、

自分が思っている自分も、周囲が見ている自分も、

どちらも自分の一部であると言うことができます。

私たち松果体開花研究所は、こうしたときに「松果体」という言葉を使っています。

外側の評価だけでもなく、

独りよがりな自分の思い込みだけでもなく、

その両方を少し離れた場所から見つめてみるという、象徴です。

インポスター症候群は苦しいものです。

しかし、その苦しさは必ずしも「自分がおかしい」という証拠ではありません。

自分が認識している自分。

周囲が認識している自分。

その二つの間で揺れている状態とも言えるでしょう。

もし今、

「自分はそんな評価をされるような人間ではない」

と感じていたとしても、

その感覚をすぐに否定する必要はありません。

ただ一つ覚えておきたいこと。

それは、あなたが見ている自分だけが唯一の真実であるとは限らない、ということです。

おわりに

インポスター症候群は、自信のない人だけが抱えるものではありません。

むしろ、自分なりに努力してきた人や、真面目に物事と向き合ってきた人ほど経験することがあります。

自分が見ている自分。
周囲が見ている自分。

その二つが一致しないとき、人は戸惑います。

そして、ときには、

「自分は周囲が思っているほどの人間ではない」

と感じてしまうことがあります。

ただ、その苦しさは必ずしも能力不足を意味するものではありません。

もしかするとそれは、自分という存在を一つの見方だけでは説明できなくなっている状態なのかもしれません。

私たちはつい、

「本当の自分はこういう人間だ」

と決めたくなります。

しかし実際には、自分が思っている自分も、自分の一部です。
周囲が見ている自分も、自分の一部です。

そのどちらかだけが正しくて、どちらかが間違っているとは限りません。

もし今「自分はそんなに評価されるような人間ではない」と感じていても、

すぐに答えを出そうとする必要はありません。

まずは、自分が見ている自分と、周囲が見ている自分、その両方が存在していることを認めてみる。

周囲からの評価をもう一段噛み砕いて見つめ直してみる。

そうすることで、少しずつ見えてくるものも、きっとあるはずです。

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