最近「このままでいいのだろうか」と考えることが増えた。
仕事や家庭に大きな問題があるわけではない。
それなのに、なぜか心が落ち着かない。
そんな状態を「ミドルエイジクライシス」または「ミッドライフクライシス」と呼ぶことがあります。
一般的には40代から50代に起こりやすい心理的な葛藤として知られています。
では、なぜ人生の途中でこうした葛藤が生まれるのでしょうか。
今回はミドルエイジクライシスについて、その背景にある心理を考えていきます。
ミドルエイジクライシスとは何か
自分が何者なのか分からなくなる状態

ミドルエイジクライシスとは、一言で言えば、
「自分が何者なのか分からなくなる状態」
だと私たちは考えています。
一般的には40代から50代に起こりやすい心理的な危機として知られています。
ただ、その正体は単純な老化や加齢への不安だけではありません。
もちろん、
体力の衰えを感じる。
見た目の変化を感じる。
将来への焦りを感じる。
そうしたことも関係しています。
しかし、多くの場合、それだけでは説明できない苦しさがあります。
例えば、
仕事を続けている。
家庭もある。
特別な失敗をしたわけでもない。
それなのに「このままでいいのだろうか」という気持ちが消えない。
あるいは「自分は何のために頑張ってきたのだろう」と考えるようになる。
ミドルエイジクライシスの苦しさ。
それは、人生がうまくいっていないことよりも、
「自分自身が分からなくなること」
にあるのかもしれません。
若い頃にも悩みはあります。
将来への不安。
仕事への不安。
人間関係への不安。
しかしミドルエイジクライシスは、それらとは少し違います。
未来が見えないというより、今まで当たり前だと思っていた自分自身が分からなくなる。
そんな感覚に近いものです。
なぜ40代以降に起こりやすいのか
自分についての前提が崩れ始めるから
では、なぜミドルエイジクライシスは40代以降に起こりやすいのでしょうか。
その理由のひとつは、自分についての前提が崩れ始めるからです。
若い頃は、
仕事もこれから。
子育てもこれから。
可能性もこれから。
そんな感覚があります。
しかし年齢を重ねると、少しずつ状況が変わっていきます。
子どもが成長する。
仕事での立場が変わる。
定年が現実味を帯びてくる。
親の介護が始まる。
身体の変化を感じるようになる。
問題なのは、こうした出来事そのものではありません。
問題なのは、それまで当たり前だった前提が、変わり始めることです。
例えば、
「子どものために頑張る自分」
「仕事で評価され続ける自分」
「まだ若い自分」
そうした前提の上に、私たちは人生を組み立てています。
だからこそ、こういった前提が揺らぎ始めると、
「この先どうするのか」
だけではなく、
「自分は何者なのか」
という問いもときに生まれてくるのです。
なぜ人生が急に分からなくなるのか
これまでの役割だけでは自分を説明できなくなるから

ミドルエイジクライシスが起こる背景には、これまでの役割だけで自分を説明できなくなるという変化があります。
例えば、子育てに全力を注いできた人がいたとします。
子どもが小さい頃は毎日が忙しく、自分のことを考える余裕もありません。
しかし子どもが成長し、少しずつ手が離れていくと、
「これから何をしよう」
または、それと同時に、
「私は何者なんだろう」
という問いが生まれることがあります。
これは仕事でも同じです。
長年、評価されることを目標に頑張ってきた人が、昇進競争から外れたり、年下の社員の活躍を目にしたりすると、自分の立ち位置が分からなくなることがあります。
もちろん役割がなくなったわけではありません。
ただ、
「母親である私」や「仕事を頑張る私」
それだけでは、自分を説明できなくなってきたということなのです。
失った能力よりも、失った自己イメージに苦しむことがある

ミドルエイジクライシスで苦しいのは、能力や役割そのものを失うことだけではありません。
それによって、
「自分はこういう人間だ」というイメージが揺らぐことです。
例えば体力の低下。
不便なのはもちろんですが、
「まだ若い自分」
でいられなくなることが苦しい場合があります。
仕事でも、昇進できなかったことそのものより、
「これから評価され続ける自分」
というイメージが崩れることの方が苦しいことがあります。
子育ても同じです。
子どもの成長は喜ばしいことですが、
「子育てに全力を注ぐ母親としての自分」
という説明で、自分を表すことができなくなることがあります。
ミドルエイジクライシスの苦しさは、
人生がうまくいかないことよりも、
「それまで信じていた自分自身の姿」が揺らぐことにあるとも言えるかもしれません。
成功者にもミドルエイジクライシスが起こるのはなぜか
問題なのは成功か失敗かではないから
ここまで読むと、
「ミドルエイジクライシスは人生に失敗した人が経験するものなのだろうか」
と思う人もいるかもしれません。
しかし実際に経験した人を見てみると、必ずしもそうとは限りません。
むしろ、仕事も家庭も順調に見える人が経験していることも決して少なくありません。
なぜなら、ミドルエイジクライシスの問題は成功か失敗かを問うものではないからです。
どれだけ努力しても、
どれだけ成果を出しても、
どれだけ周囲から評価されても、
それだけで「自分は何者なのか」という問いが消えるわけではありません。
子育てを頑張ってきた人。
仕事を頑張ってきた人。
家族を支えてきた人。
そうした人たちが、子どもの成長や仕事の変化をきっかけに
「私は何者なんだろう」
と立ち止まることもあります。
ミドルエイジクライシスは、人生に失敗した人だけが経験するものではありません。
むしろ、自分なりに人生を歩いてきた人だからこそ直面する問いとも言えるでしょう。
ミドルエイジクライシスのとき、何を考えればいいのだろう
自分が「何者か」より「何を大切にしたいか」

ミドルエイジクライシスのときに大切なのは、新しい役割を探すことではありません。
まずは、
「自分は何を大切にしたいのだろう」
という問いに立ち戻ることです。
ミドルエイジクライシスの苦しさは、
「母親としての自分」
「仕事人としての自分」
「若い自分」
といった、それまでの自己イメージが揺らぐことで生まれます。
だから苦しいときほど、新しい肩書きや新しい目標で埋めようとしてしまいます。
しかし本当に必要なのは、新しい役割を増やすことではなく、
自分が何を心地良いと感じるのか。
何を大切にしたいのか。
その感覚を見つめ直すことなのかもしれません。
役割が変わっても、自分まで消えるわけではない
ミドルエイジクライシスのときに覚えておきたいのは、
役割が変わっても、自分自身まで失われるわけではないということです。
子どもは成長します。
仕事の立場も変わります。
身体も変化します。
だから、
「母親としての自分」
「会社員としての自分」
「若い自分」
だけで自分を支えていると、その変化がそのまま自己否定につながってしまうことがあります。
でも、それらは人生の中で担ってきた役割のひとつです。
大切な一部ではあっても、自分のすべてではありません。
私たち松果体開花研究所は、こうした状態を考えるときに「松果体」という言葉を使っています。
それは特別な能力の話ではありません。
肩書きや役割だけではなく、自分自身の感覚にも目を向けるという象徴です。
ミドルエイジクライシスは苦しいものです。
しかし、その苦しさは必ずしも悪いものではありません。
それまで自分を支えてきた役割の外側にある、自分自身を見つめ直すきっかけになることもあるからです。
おわりに
ミドルエイジクライシスは、人生に失敗した人だけが経験するものではありません。
子どもの成長。
仕事の立場の変化。
身体の変化。
そうした出来事をきっかけに、
「自分は何者なんだろう」
という問いが生まれることがあります。
ただ、その問いは必ずしも悪いものではありません。
それまでの役割や肩書きだけでは、自分を説明できなくなったということだからです。
もし今、人生が分からなくなっているとしても、焦って答えを出そうとしなくて大丈夫です。
その問いは、自分自身を見つめ直すために現れた問いなのかもしれません。
そしてその問いの先には、
「何者になるか」とは少し違う、
「何を大切にして生きていきたいか」
という視点がきっと待っているのだと思います。
あなたの、あなただけの問いへの答えが見つかることを、私たちは心より願っています。




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