SBNRとは精神性や心の満足を大事にすること!SBNR活動の例や流行の理由についても解説

スピリチュアル

「SBNR」という言葉を、最近インターネットやSNSで見かける機会が増えてきました。

一見すると少し難しそうな言葉ですが、実は神社やお寺を訪れたり、自然の中で過ごしたり、瞑想やヨガを取り入れたりと、日本人にも馴染みのある行動と深く関わっています。

SBNRとは、心の充足や自分の内側との向き合い方を大切にする考え方です。

海外で広まった言葉ではありますが、その感覚自体は日本人にとって決して珍しいものではありません。

この記事では、SBNRの意味や注目されている理由、代表的なアクティビティ、日本人との意外な共通点までをわかりやすく解説します。

「最近よく聞くけれど、結局どういうこと?」という疑問を持っている方は、ぜひ最後まで読んでみてください。

研究員/松雪ヒナタ

ふと「何かが違う……」と思うこと、ありませんか? 実は、その感覚にはちゃんと意味があります。我慢してしまう理由、自分を見失う仕組み、そして自分を取り戻す方法。これらを「松果体」の観点からやさしく解説していきます。

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SBNRとは?

“Spiritual But Not Religious”の略

「SBNR」という言葉を初めて目にした方は、少し難解な響きを感じているかもしれません。

「SBNR」とは「Spiritual But Not Religious」の略称で、直訳すれば「精神的ではあるが、宗教的ではない」となります。

もう少し噛み砕いた表現をすると「宗教には属さないけど、精神性や心の満足を大事にする」 といったところでしょうか。

ここで重要なのは、SBNRは、単に「特定の宗教に属さない」という属性だけを指す言葉ではないということです。

宗教的な組織や教義に縛られることは望まない。

でも、

自分自身の内面を見つめたり、
自然とのつながりを感じたり、
祈りや瞑想を通じて心の静けさを求めたり……

そういった「精神性(スピリチュアリティ)」や「心の充足」には関心がある。

SBNRは、そのような個人の価値観やあり方を表現する言葉として使われています。

あくまでも「価値観」や「生き方」を表す言葉

SBNRには決まった儀式や礼拝の作法があるわけではありません、

むしろそうした枠組みに自分を当てはめることではなく、自分の感性に正直に、自分にとって心地よい方法を探していく「生き方」そのものと言えます。

瞑想を通じて自分と向き合うこともあれば、大自然の中に身を置いて畏敬の念を感じることもあるでしょう。

あるいは、お寺や神社を訪れたり、生活に占いやヨガを取り入れたりすることも、SBNRに含まれます。

決まったルールに従うのではなく、さまざまな手法の中から「今の自分に必要だ」と感じるものを選び取り、組み合わせることができる自由さが、SBNRの大きな特徴です。

なぜいまSBNRが注目されているのか

精神的な充足を求める人が増えているから

現代社会は、テクノロジーの進化や物質的な豊かさを手に入れた一方で、私たちの心に特有の「空虚さ」を生み出すこともあります。

生活の利便性が向上しても、それだけでは埋められない領域があるのです。

日々の忙しさの中で、心の静けさを取り戻したい
自分は何のために生きているのかという、人生の意味を感じたい
目に見えない大きなものや、自分自身との深いつながりを感じたい

こうした、日常の延長線上にはない「精神的な満足」「メンタルの安定」への欲求は、宗教という組織に属していなくても、多くの人が共通して抱いているものです。

この内面的な豊かさを求める動きが、SBNRへの注目につながっています。

自分に合う方法を自由に選べるから

私たちは普段、「神社が好き」「ヨガが好き」「占いを見てもらうのが好き」と、それぞれを別々のものとして楽しんでいます。

SBNRでは、それらを一つの考え方にまとめる必要はありません

神社へお参りした帰りにヨガへ通ってもいいですし、森林浴を楽しみながら占星術に興味を持っても構いません。

自分が心地よいと感じるものを、自分なりに組み合わせていける自由さも、SBNRが支持されている理由の一つです。

自分だけのメンタルケアの方法を自由に構築できる点が、多様な価値観を尊重する現代のライフスタイルにも合致していると言えるでしょう。

忙しい日常から一度離れたい人が増えているから

私たちは今、かつてないほどの情報量と刺激に囲まれて生きています。

スマートフォンを開けば絶え間なく通知が届き、SNSでは他人の生活が可視化され、常に「外側」に向かって意識を向け続けなければならない状況にあります。

こうした過剰な刺激は、知らず知らずのうちに私たちの精神を摩耗させています。

だからこそ、一度立ち止まって静かな場所へ身を置きたいといった思いや、自分自身の感覚に立ち返る時間がほしいという切実な願いが、心の奥底で強まっていることもあります。

日常の喧騒から物理的・精神的に距離を置き、自分の内側の静寂を取り戻そうとする動きが、SBNR的な活動・流行を後押ししているのです。

SBNR的なアクティビティにはどんなものがある?

神社や寺院、パワースポットを訪れる

SBNR的なアクティビティとして最もイメージしやすいのが、身近なパワースポットに足を運ぶことです。

例えば、季節を感じながらの神社巡りや、歴史ある寺院への参拝は、ただ観光に行くということ以上の意味を持っていることがあります。

あるいは、御朱印集めを通じてその土地の文化に触れたり、お伊勢参りや熊野古道のような巡礼の道を歩いたりすることも、自分自身をリセットする貴重な機会になるでしょう。

こういったアクティビティは、ただ「お参りをする」という宗教的な儀式としてだけでなく、

「静けさを味わう」
「願いを空間に託す」
「自然の息吹に触れて心を整える」

といった、複数の意味合いが重なっていることが多々あります。

形としての参拝だけでなく、その場所で、その時に何を感じるかという体験の質が、SBNR的なアクティビティの本質と言えるでしょう。

坐禅や写経を体験する

坐禅や写経も、代表的なSBNRの実践方法です。 

坐禅は、座っているだけのように見えますが、絶え間なく湧き上がる思考から離れ、「今ここにある」自分の状態に意識を向ける訓練でもあります。

一方で、写経は一文字一文字を丁寧に書き写していくプロセスを通じて、筆の動きや呼吸に没入していく作業です。

どちらも姿勢を正した上で、呼吸を整えたり、自分の動きに意識を集中させ、静寂の中で自分を見つめ直すもの。

SBNR的なアクティビティとして非常に質の高いと言えるでしょう。

坐禅や写経は、近年では寺院の体験会などを通じて、初心者でも気軽に参加できる入口が増えています。

全国の坐禅体験一覧|大人のための非日常体験 Otonami(おとなみ)
大人のための坐禅体験をまとめました。由緒ある寺院をはじめとした厳かな会場で、禅の静寂と美しい所作に優しく触れながら、忙しい日常を忘れて自らとじっくり向き合える贅沢な時間です。

「修行」や「訓練」と身構えすぎる必要はなく、日常のノイズから離れるための「マインドフルな時間」としてチャレンジしてみるのもおすすめです。

瞑想やヨガを取り入れる

呼吸や身体の動きを通じて、自分の内側に意識を向ける瞑想やヨガも、SBNR的なアクティビティの代表格。

ヨガは、ポーズと呼吸を連動させることで、身体の緊張を解きほぐしながら、精神の安定を図ります。

一方、瞑想は、自分の呼吸や感覚を観察し、思考の流れを客観的に見つめる練習です。

瞑想の実践においては、松果体のように、私たちの直感や内側の深い感覚と結びつく器官へ意識を向けるような考え方もあります。

こうしたアクティビティは、外の世界で散漫になっていた意識を、自分の身体の内側へと引き戻す貴重な機会にもなります。

森林浴や自然の中で過ごす

森の空気を深く吸い込む「森林浴」をはじめ、山歩きや古道を辿る旅、波音を聞きながら過ごす海辺、あるいは静かに流れる川のそばに佇むこと……。

こういったアクティビティもすべて、自分自身の感覚を取り戻す活動です。

森の中を歩いたり、海辺で波の音を聞いたり、夜空を見上げて星々の動きを感じたりしていると、普段より時間がゆっくり流れているように感じることがあります。

仕事や人間関係のことを考え続けていた頭が少し静かになり、落ち着いて自分の気持ちを見つめ直すこともあるでしょう。

こうした体験は、決して不思議な力を得ることなどではなく、日常では気づきにくかった自分の感覚を、自然の中で少し取り戻していく時間とも言えます。

占いや象徴から自分を見つめる

象徴的な”モノ”を用いることもSBNR的なアプローチに含まれます。

ここにはタロットカードや占星術、パワーストーン、お香、あるいは月の満ち欠けなども含まれます。

ここで大切なのは、これらを「運命決定づけるもの」として受け取るのではなく、「自分自身を振り返るためのツール」として活用することです。

タロットの絵柄から自分の心理を読み解いたり、星の配置から自分の性質を考えたり、お香の香りに包まれて心を落ち着かせたりする。

こうした象徴的なモノは、答えそのものを得ること以上に、

「今の自分はどう感じているのか」
「何に惹かれているのか」

というような「自分の現在地」を確認するきっかけを与えてくれることもあります。

サウナや温泉で心身を切り替える

サウナや温泉も、近年では自分を整える時間として親しまれています。

熱い湯やサウナに入り、ゆっくり身体を休める時間は、普段は外へ向いていた意識を、自分自身へ戻すきっかけにもなります。

近年は「ととのう」という言葉も広まっています。もちろん感じ方には個人差がありますが、身体がほぐれることで気持ちまで軽くなったと感じる人も少なくありません。

身体だけでなく、心まで一緒にリセットされたような感覚を味わえることも、人気の理由の一つなのでしょう。

SBNRとして体験することで何が変わる?

普段の行動が「自分に戻る時間」になる

神社へ行くことも、森を歩くことも、温泉に入ることも、それ自体は特別なことではありません。

しかし、SBNRという視点を知ると、それらは「自分を整える時間」として捉え直せるようになります。

たとえば、

「今日はどんな気持ちでここへ来たんだろう」
「この場所で、自分は何を感じているんだろう」

そんなふうに、自分自身へ意識を向けるだけでも、同じ景色が少し違って見えてきます。

場所が変わるのではなく、その時間の過ごし方が変わる。

それが、SBNRを知ることで得られる一つの変化でもあります。

答えを得るより、自分の感覚に気づきやすくなる

SBNR的なアクティビティの目的は、必ずしも「人生の正解」を見つけることではありません

続けることで神秘的なメッセージが受け取れるようなものでもありません。

そういった非常に霊的なスピリチュアル要素よりも、

「なんだか心が落ち着いた」
「この場所には少し違和感があった」
「なぜか分からないけれど、惹かれた」

といった、自分自身の微細な反応や感情の揺れに気づくこと。

ここにSBNRの大きな価値があります。

自分の内側から湧き上がる「心地よさ」や「違和感」を敏感に察知できるようになることは、自分らしく生きるためのヒントにもなります。

自分に合う精神的な習慣が見つかる

SBNRの最大の利点は、その自由さにあります。

決して一つの方法に固執する必要はありません。

坐禅は自分には合わないけれど、森林浴をすると心が澄み渡る。
瞑想は集中できなくて難しいけれど、写経なら無心になれる。

といった具合に、「自分に合うもの」と「合わないもの」を実験するように試していくことができるのが良い点です。

さまざまな実践を通じて、自分の心身の状態に合わせて使い分けられる「精神的な習慣の引き出し」を増やしていくことこそが、SBNRという生き方の豊かさとも言えるでしょう。

SBNRは日本人にとって新しいものなのか

日本ではSBNRの精神的な活動が生活に溶け込んでいる

ここまで挙げた神社巡りや自然の中での過ごし方は、決して「特別な修行」や「異文化の習慣」というわけではありません。

私たち日本人は、明確な宗教意識を持たないまま、自然と生活の中で行っている精神的な習慣を数多く持っています

たとえば、新年の初詣、お守りや絵馬に願いを託すこと。
七夕の飾り付け、お盆にお墓参りへ行くこと。
あるいは神社やお寺へのお参りもそうです。

これらは、特定の教義を信奉しているからというよりも、季節の節目や家族の繋がりといった文化的な文脈の中で、自然に行っている「心の整え方」です。

こうした祈りや願いを日常に溶け込ませる感覚は、日本人が古来より大切にしてきた精神性の現れでもあるのです。

自然や場所に特別な感覚を見いだしてきた日本人

私たちは古くから、山や森、滝、あるいは巨石や神木といった自然の中に、言葉では言い尽くせない「特別なもの」を感じ取ってきました。

そこには、単なる風景としての美しさだけでなく、ときに恐れの念を抱かせるような力強さや、清々しいほどの静寂もあります。

こうした「自分よりも大きな存在とのつながり」を大切にする感覚は、まさにSBNRが追求する精神性にも深く重なります。

自然の中に身を置くことで、日常の小さな悩みがちっぽけなものに感じられたり、生命の循環の一部であることを再確認したりする体験は、私たち日本人の中にすでに根付いているものでもあります。

日本人にとってのSBNRは「身近な感覚についた名前」

こうして振り返ってみると、SBNRという言葉は、決して日本人に突然押し寄せた「新しく、異質な思想」ではないことがわかります。

むしろ、私たちが日常の中で無意識に行っている「心を整える習慣」や「自然への畏敬の念」に対して、現代的な文脈で名前が付いたもの、ともいえるのではないでしょうか。

日本人にとっての「SBNR」という言葉は、新しい宗教でもなければ、必ずしも新しい価値観というわけでもありません。

これまで当たり前のように行ってきた行動や自分自身の感覚に「これは自分の心を大切にする時間なんだ」という、新しい意味を加えるプロセスなのです。

身近だからこそ、まだ知らない体験にも踏み出しやすい

「神社へ行くこと」や「自然を感じること」がSBNRの文脈で捉え直せる。

そう考えると、これまでとは少し違う角度から、新しい活動に興味を持つことができると思いませんか?

例えば、神社やお寺のお参りは好きだけど「坐禅」については未経験、という方もいるでしょう。

温泉やサウナでのリフレッシュは前からやってるけど「瞑想」や「写経」はまだ触れたことがない、という方も多いはずです。

これらはすべて、自分自身を整えるための新しい選択肢です。

もし、この記事を通じて紹介された活動の中に、ふと心が惹かれるものがあったなら、それはあなたにとっての新しい「心を整える習慣」のはじまりかもしれません。

とはいえ、無理に何かを始める必要はありません。

まずは、今まで慣れ親しんできた感覚を大切にしながら、少しだけ新しい扉を叩いてみる。

そんな軽やかな気持ちで、自分に合うものを探してみてはいかがでしょうか。

おわりに

SBNRは、自分なりの方法を通じて、祈り、自然、身体、そして心の静けさに触れ、自分自身の内面を豊かにしていくための「あり方」です。

日本人にとって、この感覚は決して遠いものではなく、むしろ生活の中に深く根ざしてきた、あるいはきっとこれからも根を張っていくものです。

だからこそ、SBNRという言葉を知ることは、これまで何気なく行ってきた習慣を再発見し、さらにその輪を広げていくためのヒントになります。

自分に合うものを見つけ、心と身体を整えていく。

そのプロセス自体が、現代を豊かに生き抜くための、かけがえのない知恵となるはずです。

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